よ理窟がわかりません。実を申しますと、若主人にはこの頃、京橋辺の同商売の店から縁談がございまして、目出たく纏まりかかっております。その矢先きへお葉のような女がたびたび押しかけて参りまして、その縁談の邪魔にでもなりましては甚だ迷惑いたします。主人夫婦も若主人を詮議いたしましたが、やはり黙っているばかりで仔細を明かしません。あまり心配でございますので、主人とも相談いたしまして、いっそお葉の家《うち》へ行って聞きただした方がよかろう。仔細によっては金をやって、はっきりと埒を明けた方がよかろう。こういうつもりで唯今出てまいりますと、丁度そこで庄太さんに逢いまして……。庄太さんの仰しゃるには、お葉もなかなか食えない女だから、お前さんたちが迂闊《うかつ》に掛け合いに行くと、足もとを見て何を云い出すか判らない。これは親分に一応相談して、いいお知恵を拝借した方がよかろうと申されましたので、お忙がしいところをお引き留め申しまして、まことに恐れ入りました」
「そこで、どうでしょう、親分」と、庄太は引き取って云った。「なまじい番頭さんなぞが顔を出すよりも、わっしが名代《みょうだい》に出かけて行って、ざっくばらんにお葉に当たってみた方が無事かと思いますが……」
「そこで、よもやとは思うが、若旦那とお葉とはまったく色恋のいきさつは無いのですね。相手は亭主持ちだから、そこをよく決めて置かないと、事が面倒ですからね」と、半七は宗助に訊いた。
「さあ、わたくしには確かなことは判りませんが……」と、宗助は考えながら答えた。「唯今も申す通り、本人は決してそんな覚えはないと申しております」
 女中が酒肴を運び出して来たので、話はひと先ず途切れた。式《かた》のごとくに猪口《ちょこ》の遣り取りをしているうちに、雨はますます強くなった。
「お店《たな》の若旦那の遊び友達はどんな人達です」と、半七は猪口をおいて訊いた。
「そうでございます……米屋の息子さん、呉服屋の息子さん、小間物屋の息子さん、ほかに三、四人、どの人もここらでは旧い暖簾《のれん》の家の息子株で、あんまり人柄の悪いのはございません」と、宗助は指を折りながら答えた。
「お葉はおまえさんの店ばかりで、ほかのお友達の家へは行きませんか」
「さあ、どうでございましょうか」
「若旦那はどんな遊び方をします」
「それはよく存じませんが、なんでも太鼓持や落語家
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