い四十五、六の男が来かかった。彼は庄太を識っていると見えて、挨拶しながら近寄って何か小声で話していた。
「馬鹿に長げえなあ。雨のふる中にいつまで立たせて置くのだ。親分、どうしましょう」
「まあ、待ってやれ。なにか大事の用があるのだろう」
 やがて庄太は引っ返して来て、かの男は馬道の増村という大きな菓子屋の番頭宗助であるが、親分たちにちょっとお目にかかりたいから、御迷惑でもそこまでお出でを願いたいと云う。それには仔細があるらしいから、ともかくも来てくれまいかと云った。
 余計な道草を食うことになると思ったが、半七らもよんどころなしに付いてゆくと、宗助は三人を近所の小料理屋の二階へ案内した。庄太に紹介されて、宗助は丁寧に挨拶した上に、飛んだ御迷惑をかけて相済みませんと繰り返して云った。
「実はね、親分」と、庄太は取りなし顔に云い出した。「今この番頭さんから頼まれた事があるのですが、お前さん、まあ聴いてやってくれませんか」
 その尾について、宗助も云い出した。
「御迷惑でございましょうが、まあお聴きを願いたいのでございます。手前の主人のせがれ民次郎は当年二十二になりまして、若い者の事でございますから、少しは道楽もいたします。ところが、先月以来戸沢長屋のお葉という女が時々に店へ参りまして、若主人を呼び出して何か話して帰ります。それがどうも金の無心らしいので、手前もおかしく思って居りますと、おとといは見識らない男を連れて参りまして、相変らず若主人を表へ呼び出して、なにか強面《こわもて》に嚇かしていたようで、二人が帰ったあとで若主人は蒼い顔をして居りました。あまり不安心でございますから、手前は人のいない所へ若主人をそっと呼びまして、これは一体どういう事かといろいろに訊きましたが、若主人はその訳を打ち明けてくれませんで、唯ため息をついているばかりでございます。御承知でもございましょうが、お葉は松五郎という女衒の女房で、手前どものような堅気な町人に係り合いのあろう筈はございません。それが毎度たずねて来て、なにか無心がましいことを云うらしいのは、どうも手前どもの腑に落ちません。年上ではありますが、お葉もちょいと垢抜けのした女ですから、もしや若主人とどうかしているのではないかと思いまして、それもいろいろ詮議したのでございますが、決してそんな覚えはないと若主人は申します。そうなるといよい
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