たちに難儀のかからないようにと、神信心や仏参りをして、可哀そうなくらいに心配しています。あの夫婦はこの町内に八年も勤め通して、何ひとつ不始末を働いたこともないのに、飛んだ弟がだしぬけに出て来て、まかり間違えばどんな巻き添えを受けないとも限らないので、わたし達も共々心配しているのですが……」
五平は同情するように云った。
「そりゃあ本当に可哀そうだ」と、半七も顔をしかめた。「だが、今も云う通り、次郎兵衛は笠だけの事らしいから、あんまり心配しねえがいいと、番太の夫婦にも云い聞かせて置くがよかろう」
「そうすると、次郎兵衛には係り合いが無くって、唯その笠を誰かに持って行かれたと云うだけの事なのでしょうか。それが本当なら、要作も女房もどんなに喜ぶかも知れません。そこで親分。実はまだこんな事もあるのですが……」と、五平は表を窺いながらささやいた。「日は忘れましたが、なんでも先月末だと思います。わたしがこの店の先きに出ていると、年頃は三十四五の小粋な年増が来かかって、隣りの店を指さして、あれが番太の要作さんの家《うち》かと訊きますから、わたしはそうだと教えてやると、女は外から様子を窺っていて、やがて店へはいって行きました、あんな女が番太をたずねて来るのも珍らしいと思って、わたしもそっとの覗《のぞ》いていると、女房が何か応答しているようでしたが、それがだんだんに喧嘩腰のようになって、なにを云っているのか好く判りませんでしたが、まあ、叩き出すようなふうで、その女を追い帰してしまいました。あとで女房に訊きますと、あれは門《かど》違いで尋ねて来たのだから、そのわけを云って帰したと云っていましたが、どうもそうじゃあ無いようで……。今まであんな女を見たことはありませんから、もしや次郎兵衛の係り合いじゃあ無いかとも思うのですが……。はっきり聞こえませんでしたが、その女も女房も次郎兵衛という名を云っていたように思います」
「その女は、江戸者かえ、他国者かえ」と、半七は訊いた。
「江戸ですね。いや、それに就いてまだお話があります。その晩、もうすっかり暮れ切ってしまってから、十七八の娘がまた隣りへ尋ねて来ました。私はそのとき奥で夕飯を食っていましたが、手伝いの三吉の話では、これも女房に叱られて追い出されたそうです。容貌《きりょう》は悪くないが、丸出しの田舎娘で、泣きそうな顔をして出て行ったそうで
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