縁起物を売っている。それをうかうか眺めながら行きかかると、路ばたの理髪店から老人が出て来た。
「やあ」
それは半七老人であった。赤坂に住んでいる老人が深川まで髪を刈りに来るのかと、わたしも少し驚いていると、それを察したように、彼は笑った。
「山の手の者が川向うまで頭を刈りに来る。わたくしのように閑人《ひまじん》でなければ出来ない芸ですね。いや、わたくしだって始終ここらまで来る訳じゃあありません。ついでがある時に寄るんですよ」
ここの理髪店の主人は、そのむかし神田に床《とこ》を持っていて、半七老人とは江戸以来の馴染《なじみ》であるので、ここらへ来たときには立ち寄って、鋏《はさみ》の音を聴きながら昔話をする。それも一つの楽しみであると、老人は説明した。
「きょうも八幡様の市《いち》へ来たので、その足ついでに寄ったのですが……。あなたは何処へ……」
「わたしも市を観に来たんですが……」
「はは、今の若い方にしちゃあお珍らしい。帰りは洲崎《すざき》へでもお廻りですか」と、老人は笑いながら云った。
「いや、そんな元気はありません」と、わたしも笑った。
二人は話しながら連れ立って境内にはいっ
前へ
次へ
全46ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング