。今から考えれば外国風の軍隊組織で、四十人が一小隊、三小隊が一中隊、五中隊が一大隊ということになっていたように聞いています。そんなわけですから、一小隊ごとに長屋を区別して別々に住んでいました。その小隊四十人のうちで、十一人も髪切りに出逢ったので大騒ぎになりました」
「寝ているところを切られたんですか」
「それがいろいろで、起きてみると髷が落ちているのもある。歩いているうちに髷が飛ばされるのもある。ひと晩に十一人が切られたのではなく、二十日《はつか》ばかりの間に切られたのですから、まあ二日《ふつか》に一度ぐらいの割合いですが、それにしても大騒ぎ、幕府の歩兵たるものが何者にか髷っ節をぽんぽん切られたとあっては、寝首を掻かれたも同然、歩兵隊の面目にもかかわるという騒ぎです」
「そりゃあ騒いだでしょう」
「騒ぐのも無理はありません。そこで、切られた人たちの話を聞きますと、二度目に切られた鮎川丈次郎というのは、夜なかに起きて便所へ行くと、その帰り道の暗い廊下で何か不意に飛びついた者がある。おどろいて払いのけると、その手ざわりで天鵞絨《びろうど》か獣《けもの》の毛のように思われたそうで、部屋へ帰ってみると髷が無い。五度目に切られた増田太平というのは、外から帰って来て長屋へはいろうとすると、暗いなかに何かうずくまっているような物がある。犬でもはいったのかと思って、足のさきで軽く蹴ると、それが飛び起きて増田に突きあたった。その勢いに増田はよろけて倒れそうになったが、そのまま内へはいってみると、これも髷が飛んでしまったと云うわけです。増田に突き当たったのも鮎川と同様、天鵞絨か毛皮のような肌ざわりで、暗いなかで確《しか》とは判らなかったが、犬よりも大きい物らしかったと云うのです。ほかの九人は寝ているうちに切られたのもあり、いつ切られたか知らないのもあり、ともかくも心あたりのあるのは鮎川と増田の二人だけで、その話も大抵一致しているのでした」
「じゃあ、獣らしいんですね」
「まあ、そうです」と、老人は又うなずいた。
「誰が云いだしたのか知りませんが、江戸時代では斯《こ》ういうたぐいの髪切りを、一種の魔物の仕業《しわざ》と云い、又は猿か狐の仕業だと云い慣わしていました。そこで、前の鮎川に飛び付いたのは、猿の仕業らしくもある。後の増田に飛びかかったのは、狐らしくもある。まあ、なんにしても獣の仕
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