負け公事《くじ》になりました。その以来、名主と百姓とのあいだの折り合いが悪く、百姓方の組頭の幸七が急病で死んだのは、名主が毒殺したのだと云うのです。そこで、妹のおたかは兄のかたき討ちを思い立って、女ひとりで江戸へ出て、かのお玉ヶ池の千葉周作の家《うち》へ下女奉公に住み込んで、奉公のあいだに剣術の修行をしていました。その叔父の名は忘れましたが、これは国許で医者をしていたそうです。その叔父が十一月なかばに江戸へ出て来て、かたきの与右衛門が年貢納めに江戸へ来ると云うことを教えたので、おたかは主人から暇を取り、与右衛門が天王橋を通るところを待ち受けて、叔父の手引きで本意を遂げました。
 しかし相手の与右衛門が確かに幸七を毒殺したという証拠が薄いので、このかたき討ちの後始末はなかなか面倒になりました。それにしても、女が往来で兄のかたきを討ったと云うので、その当座は大評判、瓦版の読売にもなったのです。こんにちの号外と同じことで、瓦版はずいぶん売れました。
 今もその瓦版の読売が面白そうに呼びながら、助惣の店の前を通りかかると、ひとりの若い男が駈けて来て、引ったくるように一枚の瓦版を買って、往来のま
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