ょう。何分にも吉良の形見では人気が付かないのですが、河辺の家では吉良の形見というよりも先祖の形見という意味で大切に保存していたそうで、これは擬《まが》い無しの本物だと云うことでした」
「たとい吉良にしても、元禄時代のそういう物が残っているのは珍らしいことですね」
「まったく珍らしいという噂でした。わたくしは縁が無くて、その河辺さんの小袖は見ませんでしたが、別のところで吉良の脇指というのを見たことがありました」
「いろいろの物が残っているものですね」
「それが又おもしろい。吉良の脇指がかたき討ちに使われたんですからね。物事はさかさまになるもので、かたきを討たれた吉良の脇指が、今度はかたき討ちのお役に立つ。どうも不思議の因縁ですね。しかしこのかたき討ちは、いつぞやお話し申した『青山の仇討』一件のような、怪しげなものじゃあありません」
 わたしの手がそろそろ懐ろへはいるのを横眼に見ながら、半七老人は息つぎに煙草を一服すった。
「はは、あなたの閻魔帳がもう出る頃だと思っていましたよ」
 老人は婆やを呼んでランプをつけさせた。雪は降り出さないが、表を通る鮒《ふな》売りの声が師走《しわす》の寒さを呼び出すような夕暮れである。
「しかし、きょうは煤掃きでお疲れじゃありませんか」と、わたしはまた躊躇した。
「なに、あなた、煤掃きと云ったところで、こんな猫のひたいのような家《うち》ですもの、疲れる程の事はありゃあしません。煤掃きを仕舞って、湯にはいって、そばを食って、もう用はありませんよ。まあ、例のお話でも始めましょう」
 老人は元気よく話し出した。
「相変らずわたくしのお話は前置きが長くって御退屈かも知れませんが、いつもの癖だと思ってお聞き流しを願います。嘉永六年十二月はじめの寒い日でした。わたくしは四谷の知りびとをたずねる途中、麹|町《まち》三丁目へまわって、例の助惣焼《すけそうやき》の店で手土産を買っていると、そこへ瓦版の読売《よみうり》が来ました。浅草天王橋のかたき討ちというのです。
 この仇討は十一月の二十八日、常陸国《ひたちのくに》上根本村の百姓、幸七の妹おたかというのが叔父の助太刀で、兄のかたき与右衛門を天王橋で仕留めた一件です。与右衛門は村の名主で、年貢《ねんぐ》金を横領したとか云う捫著《もんちゃく》から、その支配内の百姓十七人が代官所へ訴え出ましたが、これは百姓方の
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