な噂が耳にはいりました。六道の辻で仇討をした伊沢千右衛門という浪人者は、水野家の辻番所から姿をかくしたと云うのです。この時代の法として、こういう事件のあった場合には、ひと先ずその本人を辻番所又は自身番に留め置いて、その主人の屋敷へ通知すると、主人の方から衣服の※[#「ころもへん+上」、第4水準2−88−9]※[#「ころもへん+下」、第4水準2−88−10]《かみしも》を持たせて迎えの者をよこす事になっている。そうして、辻番の者にむかって、これは自分の屋敷の者に相違ないことを証明した上で、本人を受け取って行くのです。そこで、千右衛門の申し立てによると、自分は備中松山五万石板倉|周防守《すおうのかみ》の藩中であると云うので、辻番所からはすぐに外桜田の板倉家へ使を出しました。
 その使の帰るのを待つあいだに、千右衛門は失礼ながら便所を拝借したいと云う。油断して出してやると、それぎり帰らない。いずれ屋敷内に忍んでいるに相違ないと、そこらを隈なく詮議したが、遂にその姿は見あたらない。なにしろ場末の屋敷で、その横手は大きな竹藪になっているから、それを潜《くぐ》って逃げ去ったのではないかと云う。その
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