北の大通りを加えると、道が六筋になる勘定で、誰が云い出したのか知りませんが、六道の辻という名になってしまったのです。ここらは小役人や御先手《おさきて》の組屋敷のあるところで、辻の片側には少しばかりの店屋があります。その荒物屋の前に荷をおろして、近在の百姓らしい男が柿を売っていました。
 そこへ大小、袴、武家の若党風の男が来かかって、その柿の実を買うつもりらしく、売り手の百姓をつかまえて何か値段の掛け引きをしていました。すると、そこへ又ひとりの浪人風の男が来かかって、前の侍をひと眼見ると、たちまちに気色《けしき》をかえて大音に叫びました。
「おのれ盗賊、見付けたぞ」
 見付けられた若党もおどろいた様子で、なにか返答をしたようでしたが、それはよく聞こえませんでした。一方の浪人は腰刀をぬいて飛びかかる。若党はいよいよ慌てて逃げかかる。そのうしろから右の肩先へ斬りつける。倒れるところを又斬るという騒ぎ。斬られた若党はその場で息が絶えてしまいました。
 金右衛門の一行は丁度そこへ通り合わせて、自分たちの眼の前でこの活劇が突然に始まったのですから、きのう見物した中村座の芝居どころではない、四人は蒼
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