積りだったのですよ」
これで金右衛門一件の輪郭は判った。
六
理窟の善悪はしばらく置いて、武助もかたき討ちであると云い、茂兵衛もかたき討ちであると云う。この二様のかたき討ちが同じ日の昼と夜とに起こったと云うだけで、双方のあいだに何の連絡も無いのであろうか。私はそれを訊きただすと、半七老人はにやにや笑った。
「あなたには判りませんかな。権田原で取り押さえたのが野口武助だと云ったじゃあありませんか。武助だって酔狂に抜き身を振り廻したのじゃあない。下総屋の茂兵衛と糸を引いているのですよ」
「そうすると、この二人は前から懇意なんですね」
「茂兵衛も女房に死に別れて、当時は独り身ですから、新宿なぞへ遊びに行く。しかし多くは昼遊びで、決して家を明けたことが無いので、誰も気がつかなかったそうです。その遊び先で武助と知り合いになって、悪い奴同士が仲好くなってしまったのです。茂兵衛の方が役者は一枚上なので総大将格、内では若い者の銀八、外では浪人の武助、この二人を両手のように働かせて、いろいろの悪事を重ねていたので、その兇状がだんだん明白になるに付けて、近所の者はいよいよ驚いたそうです」
「為吉の妹をかどわかしたのは誰です」
「お種をかどわかしたのも、やっぱり銀八です」と、老人は説明した。「わたくしは米搗きの藤助に眼を着けていたんですが、これは案外の善人で、銀八の方が案外の曲者でした。銀八は、茂兵衛の指図を受けて、化け物屋敷の空家に監禁してあるおさんの処へ、食い物をそっと運んでいたのですが、こんな奴が唯それだけで帰る筈がありません。定めて好き勝手な真似をして、年の行かない娘をいじめたのでしょう。おさんがどうぞ家《うち》へ帰してくれと泣いて頼むと、それじゃあ明日《あした》の夕がたに連れて行ってやると約束して帰りました。
そこで、あしたの午後、お種が近所の湯屋へ出て行ったのを見とどけて、化け物屋敷へおさんを迎えに行きました。おさんは喜んで出て来ると、途中で往来のないのを窺って、銀八は不意に匕首《あいくち》をおさんに突き付けて、これからお種に逢っても、おれの許すまで決して口を利いてはならないと嚇かして連れて行きました。そうして、湯屋の近所に待っていて、お種の出て来るのをそっと呼びました。
おさんの姿をみて、お種はおどろいて駈け寄ると、銀八がここでは話が出来ないから、ちょ
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