と、半七は先ず第一の獲物《えもの》を発見した。それは野暮な赤い櫛で、土間に落ちていた。
 それを拾って袂《たもと》に入れて、半七は台所にあがった。家内はもう薄暗いので、雨戸を明け払って更に引き窓をあけた。久しく掃除をしないので、板の間《ま》は一面のほこりに埋められている。そのほこりに幾つもの足跡が乱れて残っているのを透かして視ると、それは男と女の足跡であるらしかった。何者かが忍んでいるかも知れないと、用心しながら奥へ入り込んだが、ただ一度、大きい鼠に驚かされただけで、鎮まり返った空家《あきや》のうちには人の気配《けはい》もなかった。
 奥には茶の間《ま》らしい六畳の間がある。つづいて八畳の座敷である。茶の間へはいって、押入れの破れ襖《ぶすま》をあけると、押入れのなかも埃《ほこり》だらけになっていたが、下の板の間には隅々だけを残して、他に埃のあとが見えない。誰かが掃き出したのではなく、そこに人間が這い込んでいたのではないかと想像された。
 半七は湿《しめ》っぽい畳の上に俯伏して、犬のように嗅《か》ぎまわると、そこには微かに糠《ぬか》の匂いがあった。糠がこぼれているらしいと、半七はひとりでうなずいた。米屋の奴らが、おさんかお種をここへ連れ込んで、押入れの中に監禁して、その泣き声が表へ洩れたのであろう。土間に落ちていた赤い櫛といい、その証拠は明白である。彼は更に家内を見まわったが、ほかにはこれぞという獲物はなかった。そのうちに日はだんだんに暮れて来たので、あかりを持たない半七は思い切ってここを出ると、表はもう暗くなっていた。
 谷町の下総屋を目ざして行くと、途中で二人連れの男に逢った。店屋の灯のあかりに透かしてみると、それは彼《か》の為吉と米搗《こめつ》きの藤助であるらしい。この二人が連れ立って湯屋へでも行くのかと見送っていると、不意に自分の袂をひく者がある。見かえると、それは庄太であった。
「親分」と、庄太はささやいた。「為吉と藤助がどこかへ出かけます。尾《つ》けて見ましょうか」
「むむ。おれも行こう。悪くすると、為吉を誘い出して殺《ば》らすのかも知れねえ」
「そりゃあ油断が出来ねえ」

     四

 半七と庄太は見えがくれに、かの二人のあとを慕ってゆくと、二人は権田原の方へむかった。風が寒いせいでもあろう、二人は黙って俯向いて歩いていた。藤助は提灯を持っていた。米
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