だ巻き添えですが、こんな女に係り合ったのが災難と諦めるのほかはありますまい。
 この以上のことはお角もあらわに申し立てません。役人たちも深く立ち入って詮議をしませんでした。吾八も薄々はその秘密を知っていたらしいのですが、これも知らないと云って押し通してしまいました。わたくしにもお話は出来ません」
「それで、お角はどうなりました」
「もちろん命が二つあっても足りない位ですが、女牢に入れられて吟味中、流行の麻疹《はしか》に取りつかれて三日ばかりで死にました。お角にとっては、麻疹の流行が勿怪《もっけ》の幸いであったかも知れません。例の彫り物の写真はヘンリーの方でも要らないというので、町奉行所にそのまま保管されていましたが、江戸が東京とあらたまって、町奉行所の書類いっさいが東京府庁へ引き渡された時に、写真なぞはどう処分されましたか、恐らく焼き捨てられてしまったでしょう。
 コックの富太郎と雇い女のお歌が、主人夫婦の変死について少しも知らないのは可怪《おか》しいと云う者もありましたが、まったく知らないと判って釈《ゆる》されました。二人は夫婦になって、後に西洋料理屋をはじめました。吾八は後に宇都宮
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