が普通で、胸の方まで彫らないことになっている。背中に彫るのは我慢が出来るが、胸に彫るのは非常に痛いので、大抵の者には我慢が出来ない。大の男でも、胸の方は筋彫りだけで止めてしまうのが随分あります。その痛いのを辛抱して、女のくせに両方の乳のあたりに蟹の彫りものを仕上げたんですから、それを見ただけでも大抵の者はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とする。そこへ付け込んで相手を嚇しにかかるというわけで、こんな莫連おんなは男よりも始末がわるい。今はどうだか知りませんが、昔はこんな悪い女が幾らもいたもので、こんな奴は奉行所の白洲《しらす》へ出ても、さんざん不貞腐《ふてくさ》って係り役人を手古摺らせる。どうにも斯うにも仕様がないのでした。
 前にも申した通り、団子坂の一件は文久元年九月の出来事で、それは間もなく片付きましたが、お角だけが姿をかくしてしまいました。しかしお角は馬を盗んだ本人ではなく、唯その手伝いをして、一匹の馬をひき出したと云うだけですから、この一件だけで云えば罪の軽い方で、どこまでも其の跡を追って詮議するというほどの事もなかったのです。ほかにも巾着切りや強請《ゆすり》がありますが、これとても
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