と相長屋の甚八という奴で、国蔵はお角と関係があったのです。前にお話し申した通り、お角は神原の屋敷の馬丁と出来合っていたのですが、その馬丁の平吉が挙げられると、すぐに国蔵という後釜《あとがま》をこしらえる。そのほかに写真屋の島田と関係する。外国人のハリソンにもお膳を据える。いやもう乱脈でお話になりません。国蔵は小博奕《こばくち》なぞを打つ奴で、甚八もおなじ仲間です。この二人がお角に頼まれて、島田の死骸を入れた早桶をかついで、押上《おしあげ》辺の寺へ送り込むつもりで、日の暮れがたに出て行くと、あいにくに横網の河岸で多吉に出逢った。多吉の方じゃあよくも覚えていなかったんですが、国蔵の方じゃあ多吉の顔を識《し》っていて、ここで手先に見咎《みとが》められちゃあ大変だと思って……。根がそれほどの悪党じゃあありませんから、慌てて早桶を大川へほうり込んで逃げだした。そんな事をすれば猶さら怪しまれるのですが、度胸のない奴がうろたえると、とかくにそんな仕損じをするものです。どっちも気の小さい奴ですから、多吉に睨まれたと思うと、なんだか気味が悪くって自分の家《うち》へは寄り付かれず、その後は深川辺の友達のところを泊まり歩いていましたが、お角は女でもずうずうしい奴、平気でお留の二階にころがっている処を、とうとう多吉に探し出されました」
「お角はおとなしく召し捕られましたか」
「いや、それが面白い。その捕物には多吉と松吉がむかったのですが、女でも油断がならねえから不意撃ちを食わせろと云うので、時刻は灯《ひ》ともし頃、お角が裏の空地で行水《ぎょうずい》を使っているところへ飛び込んで御用……。いくらお角でも裸で逃げ出すわけには行きません。お手向いは致しませんから御猶予をねがいますと云って、からだを拭いて、浴衣を着て、素直に牽《ひ》かれて来ましたが、お角は奉行所の白洲《しらす》へ出た時にそれを云いまして、いかにお上《かみ》の御用でも、女が裸でいるところへ踏み込むのは無法だと訴えました。すると、吟味与力の藤沼という人が、おまえはそれほど女の恥を知っているならば、素っ裸の写真を異人になぜ撮らせた。これを見ろと云って、例の写真を投げてやると、お角もさすがに赤面して一言《いちごん》もなかったそうです」
「そこで、人殺しを白状しましたか」
「白状しました。ハリソン夫婦を殺したのも、島田を殺したのも、みんな自分の仕業だと白状しました。島田のことはともかくも、異人殺しの方は確かな証拠がないのですから、飽くまでも知らないと強情を張り通せないことも無いのですが、お角が挙げられると、あとから続いて国蔵も甚八も挙げられる。こいつらがべらべら喋《しゃべ》ってしまいましたから、島田の死骸を捨てさせた事はもう隠しおおせません。こうなれば、一寸斬られるも二寸斬られるも同じことで、しょせん人殺しの罪科は逃がれないのですから、当人も覚悟を決めたのでしょう。もう一つには、わたくしの工夫で、一つの責め道具を見せてやりました」
「どんな責め道具です」
「島田の弟子の吾八に云いつけて、川から引き揚げた犬の死骸を写真に撮らせて、お角の眼の前に突き付けさせました。この洋犬《カメ》をむごたらしく殺したのはお前の仕業だろう。お前がなぜこの洋犬を殺したか、上《かみ》ではもう調べ済みになっているぞと云いますと、お角はその写真をひと目見て、いよいよ赤面して恐れ入ったそうです。そんな責め道具をどうして思い付いたかと云いますと、わたくしが神奈川の料理茶屋を出て写真屋へ帰る途中、往来のまん中で二匹の犬がふざけているのを見たのが始まりで、それからふっと考え付いたのです」
「どんなことを考え付いたのです」
「さあ、それは少しお話ししにくい事で……」と、老人は顔をしかめながら微笑《ほほえ》んだ。「お角の白状をお聴きになれば自然にわかりますよ。その白状によると、先ずこうです。ヘンリーはわたくしに隠していましたが、ハリソンとお角との関係について、女房のアグネスは嫉妬をおこして、家内はかなりに揉めていたらしいのです。そこで、六月|晦日《みそか》の朝……朝と云っても、やがて午《ひる》に近い頃だそうですが、お角は島田と一緒に異人館へ出かけて行くと、きょうは晦日の勘定日でハリソンは店の方へ出ていました。その留守に、アグネスと島田とお角と三人で暫く話していると、そのうちに島田がお角にむかって、細君もおまえの彫物《ほりもの》を写真に撮りたい。今度は、まる裸になるに及ばない、ただ両肌を脱いで蟹のほりものを見せればいいのだと云うのです。それで、十五ドル呉れるというのでお角も承知しました。
 それから奥のひと間へはいって、暑い時分ですから帯を解いて、お角は帷子《かたびら》の両肌をぬいで、椅子に腰をかけて待っていると、やがて一匹の大きな洋犬《カメ》
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