筋だ」
「居留地の異人館の一件ですがね、去年の九月、男異人ふたりと女異人ひとりが江戸見物に出て来て、団子坂で殴られたり石をぶつけられたり、ひどい目に逢った事があるそうですね」
「むむ。おれもそれに係り合ったのだ。その異人がどうかしたのか」
「男異人のひとりはハリソン、ひとりはヘンリー、女はアグネスといって、ハリソンとアグネスは夫婦なんです」と、三五郎は説明した。「ところが、この八日の晩に、ハリソン夫婦が変死したので……。亭主のハリソンは自分の部屋の寝台の上に、喉《のど》を突かれて死んでいる。女房のアグネスは庭の木の蔭に倒れているというわけで、もちろん下手人《げしゅにん》は判りません。そこで、その探索を戸部の奉行所へ頼んで来たのですが、相手が異人だけに手を着けるのがむずかしい。異人の方じゃあ日本人が殺したことに決めているようですが、異人同士だって人殺しをしねえとは限らねえから、この探索はなかなか面倒ですよ」
「アグネスとかいう女房も殺されたのだな」
「そうです。だが、こいつは少しおかしい。なにかの獣《けもの》に喉と足を啖《く》われたらしい。最初に右の足を咬まれて倒れたところへ、また飛びついて喉を咬んだらしいと云うのですが……」
「おめえは、その死骸を見たのか」
「見ません。異人らは死骸を見せるのを嫌がって、誰にも見せねえ。ただ口の先で訴えるだけだから、どうも始末が悪い。ハリソンは近所に商館の店を持っていて、自分の家《うち》には女房のアグネスと富太郎というコックと、お歌という雇い女と、上下あわせて四人暮らしです。富太郎は江戸の本所生まれで、ことし二十六、お歌は程ヶ谷生まれで、ことし二十一、それだから誰の考えも同じことで、富太郎とお歌が予《かね》て出来合っていて、主人夫婦を殺して金を取ろうとしたのだろうと云うことになるのですが……」
「二人は駈け落ちでもしたのか」
「いいえ、ただ呆気《あっけ》に取られてまごまごしている処を、すぐに引き挙げられてしまいました。二人が果たして出来合っていたことは白状しましたが、そのほかの事はいっさい知らないと云い張っていて、いくら責められても落ちねえので、役人たちもこの二人には見切りを付けて、ほかを探ってみる事になったのです。そこで、わっしの考えるにゃあ、ハリソン夫婦を殺した奴はどうも異人仲間じゃあねえかと思うのですが、どんなものでしょう」

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