では、心中した娼婦の死骸は裸にして葬ると云い伝えていますが、そのほかには死骸を裸にして葬るという話を聞きません。どう考えても、この死骸は因縁つきに相違ないのです。
こう申せば、いずれこの事件に、蟹のお角が係り合っていると云うことは大抵お察しが付くでしょうが、どういうふうに係り合っているかと云うのがお話です。まあ、お聴きください」
二
それから二日目の七月十三日の夕方である。神田の半七の家では盂蘭盆の迎い火を焚いて、半七とお仙の夫婦が門口《かどぐち》へ出て拝んでいると、旅すがたで草履をはいた一人の男が、その迎い火の煙りのまえに立った。
「親分、御無沙汰を致しました」
「あら、三ちゃんかえ」と、お仙が先ず声をかけた。
「ええ、三五郎ですよ。お迎い火を焚いているところへ、飛んだお精霊《しょうりょう》さまが来ましたよ」と、彼は笑いながら会釈《えしゃく》した。
彼は高輪の弥平という岡っ引の子分の三五郎で、江戸から出役《しゅつやく》の与力に付いて、二、三年前から横浜へ行っているのであった。それと見て、半七も笑った。
「やあ、三五郎か。久しぶりだ。まあ、はいれ」
内へ通されて、客と主人は向かい合った。
「江戸じゃあ悪い麻疹がはやるそうですが、どなたもお変りが無くって結構です」と、三五郎は云った。
「まったく悪いものがはやるので、世間が不景気でいけねえ。横浜はどうだ」
「横浜でもちっとははやるそうですが、まあ大した事もないようですよ」
「そこで、今度は何しに出て来た。盆が来るので、お墓まいりか」と、半七は訊いた。
「そうでございます、と云いてえのですが、どうも札付きの親不孝で……」と、三五郎はあたまを掻きながら又笑った。「実は親分に無理を願いに出たのですが、どうでしょう、横浜まで伸《の》して下さいますめえか」
「横浜に何かあったのか」
「わっしらだけじゃ纒まりそうもねえ事が出来《しゅったい》したので……」
彼は弥平の子分であるから、本来ならば高輪の親分のところへ荷を卸しそうなものであるが、江戸にいたときに半七の世話になった事もあり、現に去年の三月、半七が『異人の首』の捕物で横浜へ出張った時に、その手伝いをした関係もあるので、彼は高輪を通りぬけて神田までたずねて来たらしい。半七は団扇《うちわ》を使いながら訊いた。
「事によっちゃあ踏み出してもいいが、一体どんな
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