のために詳しく判らなかった。
シマダは横浜に住んでいたが、去年の十一月の火事に焼けて、ひと月あまりはハリソンの家の厄介になっていたことがある。それから神奈川に引き移って、今もそこに住んでいる筈であるが、ヘンリーはその居どころを知らないと云った。
「ハリソンが死んでから、シマダという人はここへ来ましたか」と、半七は訊いた。
「ハリソンさん、八日の晩に死にました。その後、シマダさん一度もまいりません。知らせてやりたいと思いますが、シマダさんの家《うち》、知りません」
「犬はどうしました」と、半七はまた訊《き》いた。
「犬……犬……」と、ヘンリーは顔をしかめながら云った。「死にました、殺されました。犬の死骸、川に沈んでいました」
彼はその事実を完全に云い現わせないらしく、しきりに手真似をして説明するところによると、ハリソンの飼い犬はよほど残虐な殺され方をしたらしい。眼玉をくり抜き、舌を切り、喉を刺し、腹を裂き、あらん限りの残虐な手段を用いた上で、その死体を川へ投げ捨てたらしく、きのうの朝、即ち三五郎が江戸へ出ている留守中に発見されたのである。なぜそんな残酷な殺し方をしたのか、ヘンリーにも想像が付かないと云うのであった。
「あなた、シマダという人の写真、持っていませんか」と、半七は重ねて訊いた。
「わたくし、ありません」と、ヘンリーは答えた。
しかしハリソンはシマダを撮影したことがあるに相違ないから、何かの必要があるならば調べてみようと云うので、ヘンリーはハリソンの机のひき出しや手文庫などを捜索して、四五十枚の写真を見つけ出して来た。さすがは写真道楽だけあって、人物や風景や、みな鮮明に写し出されているのを、半七らは感心しながら覗いていると、ヘンリーはやがて一枚の写真をとりあげた。
「ありました、ありました。これシマダさんあります」
半七はその写真を受け取って眺めると、成程それは二十七八から三十ぐらいの細おもての男で、その人品も卑しくなかった。
「おめえはこれを知らねえか」と、半七はその写真を三五郎に見せた。
「知りませんね」
「多吉を連れて来ればよかったな」
云ううちに、ヘンリーは更に他の写真をテーブルの上にならべた。それは本牧《ほんもく》あたりの風景の写真であった。次に列べられた一枚の写真――それをひと目見ると、半七も松吉も思わず身を動かした。それは女の裸体写真
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