起きられるようになった頃に、おころはかの管狐をぬすんで逃げた。
それを知って、お千は狂気の如くに怒った。彼女は病み揚げ句の不自由な身をおこして、すぐにおころの後を追いかけたが、そのゆくえは知れなかった。ともかくも江戸へ出て半年あまりも探しあるいたが、おころのありかは遂に判らなかった。しかも彼女の決心は固かった。命のあらん限りは尋ねあるいて、どうしても管狐を取り戻さなければ置かないと、それから足かけ十一年、殆ど日本の半分以上をさまよい歩いて、ことしの六月、再び江戸の土を踏んだのである。
かたきを尋ねる者は結局何処かでめぐり逢うと、昔から云い伝えている通り、彼女は九月のはじめに、上野の広小路でおころの姿を見つけた。ひそかにそのあとを尾《つ》けて行って、彼女が谷中の三崎に住んでいることを突き留めた。おころも最初はシラを切って、それは人違いであると云い抜けようとしたが、お千に激しく責められて、彼女もとうとう白状した。彼女は其の後二、三年のあいだ、伊豆相模のあたりを徘徊して、それから江戸へ戻って来たのである。しかし管狐を自分の家へ置くことは何だか気味が悪いばかりでなく、狐も人家の近いところに
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