て覗くと、神体はすでに他へ移されたのであろう、古びた八束《やつか》台の上に一本の白い幣束《へいそく》が乗せてあるだけであった。その幣束の紙はまだ新らしかった。
「御幣は市子が納めたのだな」
 半七は更に隅々を見まわしたが、煤《すす》びた古祠のうちには何物も見いだされなかった。二人は祠のうしろへ廻って、草のあいだを暫くあさりあるいたが、そこにも別に掘り出し物はなかった。
「まあ、仕方がねえ。ここはこの位にして、一旦引き揚げよう。おめえはそのお角という女の居どころを突き留めてくれ、おれはこれから足ついでに谷中《やなか》へ廻って、三崎をうろ付いてみよう」
 幸次郎に別れて、半七は谷中の方角へ足を向けた。千駄木の坂下から藍染《あいそめ》川を渡って、笠森稲荷を横に見ながら、新幡随院のあたりへ来かかると、ここらも寺の多いところで、町屋《まちや》は門前町に過ぎなかった。その寺門前で市子のおころの家を訊くと、彼女は蕎麦屋と草履屋のあいだの狭い露路のなかに住んでいることが判った。
 おころは孀婦《やもめ》ぐらしの独り者で、七、八年前からここへ来て、市子を商売にしている。別に悪い噂もないが、一種の変り者で
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