うなずいた。「異人を殺してしまえと云って、大勢が追っかけて来るので、どうなる事かと思いました。それでもまあみんな無事に逃げたそうです」
「五人の馬はそこの空地《あきち》につないであったのかえ」
「そうです。そのうちの二匹がなくなったというのですが、どうしたのでしょうかね」
 異人の騒ぎで、ここらの者はいずれも家を空明《がらあ》きにして駈け出した。その留守のあいだに、二匹の馬が紛失したのであるから、誰が牽《ひ》き出したのか知っている者もない。別手組の侍が来ていろいろ詮議したが、誰も答えることが出来なかったと、女房は話した。
「年増のおんなが引っ張って行ったなんて云いますけれど、それもどうだか判りません」と、彼女は更に付け加えた。
「女が引っ張って行った……」と、半七は訊きかえした。「それを誰か見た者があるのかえ」
「いいえ、おれが確かに見たという者もないので……。誰が云い出すと無しに、そんな噂を聞きますが……。まさか女が……。ねえ、お前さん」
 女房はその噂を信じないように云った。

     三

 半七と幸次郎は荒物屋の店を出て、再びかの空地のまん中に立った。五六百坪のところに屋敷を
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