さすと、女房も表をちょっと覗いて、ふたたび小声で子供をたしなめるように叱った。
 男の児は半七らを恐れたのではなく、そのあとから付いて来た市子を恐れているのであろう。その口から洩れた「狐使い」の一句が半七らの注意をひいて、二人は一度に表をみかえると、市子の老女は、彼等にうしろを見せて谷中の方角へたどって行った。
「あの市子は狐を使うのかえ」と、半七は訊いた。
「よくは知りませんが、そんな噂があります」と、女房は答えた。
「ここらへも始終来るのかえ」
「この頃は毎日のようにここへ来て、あの祠を拝んでいるので、ここらの者は気味悪がっています」
「あの空地の祠はなんだね」
「わたくしも子供の時のことですから、詳しい話は知りませんが、あの空地のところは臼井様とかいう小さいお旗本のお屋敷があったそうです」と、女房は説明した。「なにかの訳で殿様は切腹、お屋敷はお取り潰しになりまして、その以来二十年余もあの通りの空地になっています。その当座は祟りがあるとか云って、誰も空地へはいる者もなかったのですが、この頃は子供たちが平気で蜻蛉《とんぼ》やばった[#「ばった」に傍点]なぞを捕りに行くようになりました
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