七はうなずいた。
「主人の勢いがあんまり激しいので、音造の野郎もさすがに気を呑まれたのか、それとも大勢がごたごた[#「ごたごた」に傍点]している所で喧嘩をしちゃあ自分の損だと思ったのか、主人にあたまから呶鳴り付けられて、尻尾《しっぽ》をまいてこそこそと逃げて帰ったそうです。どっちにしても、意気地のある奴じゃありませんね」
 善八は軽蔑するように笑っていた。

     四

 やがて松吉も帰って来た。
 その報告によると、浅草の観世物小屋では、当日お半の来る前は客足がしばらく途切れていた。お半の少しあとから若い男がはいった。それから男と女の二人連れ、その次に長助、すべて前に云った通りである。長助はもう判っているが、他の男女三人の人相、年頃、風俗、その説明を松吉から聞かされて、半七は肚《はら》のなかでほほえんだ。
「じゃあ、いよいよ仕事に取りかからなければならねえが、松は木戸番に顔を識られているから拙《まず》い。善八、おめえは亀を誘って浅草へ行って、観世物小屋の裏手へ廻って、右と左の出口を見張っていてくれ。おれは客の振りをして、素知らぬ顔で表からはいる。あとは臨機応変だ。あしたの午頃まで
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