いた。その帰り路で、幽霊の観世物小屋で見物の女が死んだという噂を聞いたが、自分の義母《はは》の身の上とは知らないで、そのままに照降町の店へ帰ると、日が暮れてから隠居所の女中が来て、御隠居さんがまだ帰らないという。朝から観音参詣に出て、夜に入るまで帰らないのは不思議であるというので、ともかくも店の若い者一人が小僧を連れて、あても無しに浅草観音の方角へ探しに出た。
 それが出たあとで、若主人の信次郎はふとかの観世物小屋の噂を思い出した。もしやと思って、更に番頭と若い者を出してやると、その死人は果たして義母のお半であったので、早速に死体を引き取って帰った。それから三日ほどの後に、駿河屋では立派な葬式《とむらい》を営んだ。
 今年の夏は残暑が軽くて、八月に入ると朝夕は涼風《すずかぜ》が吹いた。その八日の朝である。三河町の半七の家へ子分の松吉が顔を出した。
「親分、なにか変ったことはありませんかね」
「ここのところは不漁《しけ》だな」と、半七は笑った。「ちっとは骨休めもいいだろう。このあいだの淀橋のようながらがら[#「がらがら」に傍点]を食っちゃあ堪まらねえ。幸次郎はどんな塩梅《あんばい》だ」

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