、年頃ではあり、これまでに二、三度も縁談の申し込みがあったそうですが、やっぱり縁遠いというのか、いつも中途で毀れてしまって、いまだに独り身です。と云って、別に道楽をするという噂も無いようです」
「お半は四十を越しても水々しい女だというが、それにも浮いた噂はねえのか」
「それがね、親分」と、松吉は小膝をすすめた。「わっしも、そこへ見当をつけて、女中のお嶋という奴をだまして訊《き》いたのですが、この女中は三月の出代りから住み込んだ新参で、内外《うちと》の事をあんまり詳しくは知らねえらしいのです。だが、女中の話によると、隠居のお半は毎月かならず先代の墓まいりに出て行く。浅草の観音へも参詣に行く。深川の八幡へもお参りをする。それはまあ信心だから仕方がねえとして、そのほかにも親類へ行くとか何とか云って、ずいぶん出歩くことがあるそうです。後家さんがあんまり出歩くのはどうもよくねえ。この方には何か綾があるかも知れませんね」
「そうだろうな」と、半七はうなずいた。「三年前といえば四十二だ。養子だって十八だ。それに店を譲って隠居してしまうのは、ちっと早過ぎる。店にいちゃあ何かの自由が利かねえので、隠居ということにして、別居したのだろう。そうして、勝手に出あるいている。いずれ何かの相手があるに相違ねえ。そこで、もう一度訊くが、お半が観世物小屋へはいると、そのあとから一人の若けえ男がはいった。それから男と女の二人連れがはいった。その次に大工の長助がはいった……と、こういう順になるのだな」
「そうです、そうです」
「お半の前にはどんな奴がはいったのだ」
「さあ。それは長助も知らねえようでしたが……。調べましょうか」
「お半のあと先にはいった奴をみんな調べてくれ。如才《じょさい》もあるめえが、年頃から人相風俗、なるたけ詳しい方がいいぜ」
「承知しました。木戸番の奴らを少し嚇かしゃあ、みんなべらべらしゃべりますよ」
松吉は請け合って帰ると、入れちがいに善八が来た。
「おお、いいところへ来た。おめえにも少し用がある」
「今そこで松に逢いましたら、これから浅草のお化けへ出かけるそうで……」
「そうだ。お化けの方は松に頼んだが、おめえは照降町へまわってくれ」
半七から探索の方針を授けられて、善八も怱々《そうそう》に出て行った。
三
観世物小屋の一件は寺社方の支配内であるから、半七
前へ
次へ
全20ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング