家の者に心配無用と御伝え被下度《くだされたく》、貴殿にも御探索御見合せ被下度候、先《まず》は右申入度、早々。
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それを読み終って、半七はまた笑った。成程その筆蹟は町人らしくないが、「武士の誓言」などと云って、いかにも武士の仕業らしく思わせようとするのは、浅はかな巧みである。ゆうべ忍んでいた奴も、今朝《けさ》この手紙を投げ込んだ奴も同じ筋の者に相違ない。こんな小細工をする以上、猶さら踏み込んで首根っこを押さえ付けてやらなければならないと思いながら、怱々に朝飯を食ってしまうと、子分の弥助が裏口からはいって来た。弥助という名が「千本桜」の維盛《これもり》に縁があるので、彼は仲間内から鮓屋《すしや》という綽名《あだな》を付けられていた。
「どうも御無沙汰をして、申し訳がありません」
「何をぶらぶら遊んでいるのだ。おい、鮓屋。早速だが、用がある。ここへ来い」
弥助を呼び込んで、半七は菊園の一件を話して聞かせた。
「こりゃあ人攫いや神隠しじゃあねえ。なにかの仔細があって、玉太郎を隠した奴があるのだ。菊園に恨みのある奴か、それとも菊園を嚇かして金にする料簡か、二つに一つだ
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