ゆすって金を取るという手は往々ある。乳母のお福は正直者であると云っても、以前の亭主に未練がある以上、それにそそのかされて何かの手伝いをしないとも限らない。
 それにしてもその玉太郎という子供をどこへ隠したか。裏店住居の次郎吉や、床店《とこみせ》同様の白雲堂が、自分の家に隠しておくことはむずかしい。彼等のほかに共謀者が無ければならない。迂濶に騒ぎ立てては、その共謀者を取り逃がすばかりか、玉太郎の身に禍いするような事が出来《しゅったい》しないとも限らない。もう少し探索の歩みを進めて、かれらが犯罪の筋道を明らかにする必要があると半七は思った。
「じゃあ差しあたりは二人に頼んでおく。庄太は近所の次郎吉と白雲堂に気をつけてくれ。弥助の受け持ちは根岸の魚八だ。その魚屋にどんな奴らが出這入りをするか油断なく見張ってくれ」
 めいめいの役割を決めて、半七は一旦ここを引き揚げた。帰り途に外神田へさしかかって、菊園の前を通り過ぎながら、横眼に店をちらりと覗くと、番頭の姿はそこには見えなかった。あずま屋の暖簾《のれん》をかけた隣りの菓子屋には、ひとりの女が腰をかけて、店の者と話している。それが菊園の乳母のお福らしいので、半七は立ち止まって遠目に窺っていると、女はやがて店を出て、足早に隣りの露路にはいった。その顔の色は蒼ざめていた。
 それと入れかわって、半七はあずま屋へはいった。要りもしない菓子を少しばかり買って、彼は店の者に訊いた。
「今ここにいたのは菊園のお乳母《んば》さんかえ」
「そうです」
「菊園の子供はさらわれたと云うじゃあねえか」
 この時、三十五六の女房が奥から出て来た。彼女は半七に会釈しながらすぐに話した。
「おまえさん、お隣りのことをもう御存じなのですか」
「そんな噂をちょいと聞きましたよ」と、半七は店に腰をおろした。「その子供はまだ帰って来ないのかね」
「いまもお乳母さんが来ましたが、まだ知れないそうで……。わたくし共も一緒だけに、なんだか係り合いで……」
「じゃあ、おかみさんも一緒だったのかえ」と、半七は空とぼけて訊いた。
「ええ。それだけに余計お気の毒で……。いまだに帰って来ないのを見ると、大かた攫われたのでしょうね。玉ちゃんは色の白い、女の子のような綺麗な子ですから、悪い奴に魅《み》こまれたのかも知れません」
「それで、ちっとも手がかりは無いのかね」
「それに就
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