ています。ところが、その明神の山に一種の伝説があって、そこには『かむろ蛇』という怪物が棲んでいるという。それに就いてはいろいろの説がありまして、胴の青い、頭の黒い蛇、それが昔の子どもの切禿《きりかむろ》に似ているのでかむろ蛇と云うのだと、見て来たように講釈する者もあります。また一説によると、天気の曇った暗い日には、森のあたりに切禿の可愛らしい女の児が遊んでいる。その禿は蛇の化身《けしん》で、それを見たものは三日のうちに死ぬという。勿論めったに出逢った者も無いんですが、安永年間、水道端の荒木坂に店を開いている呉服屋渡世、松本屋忠左衛門のせがれは、二、三日|煩《わずら》い付いて急に死んだ。その死にぎわに、実は明神山でかむろ蛇を見たと話したそうです。
そのほかにも二、三人、そういう例があると云い伝えられて、夜は勿論、暁方《あけがた》や夕方や、天気の曇った日には、みな用心して明神山へ登らない事にしていました。そんなところへ近寄らないのが一番無事なんですが、この氷川さまは小日向一円の総鎮守《そうちんじゅ》というのですから、御参詣をしないわけには行かない。祭礼は正五九《しょうごく》の十七日、この
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