ももう堪まらなくなって、夫の次兵衛に一切《いっさい》を打ち明けた。次兵衛は決して愚かな人物ではなく、商売の道にも相当に長《た》けていて、関口屋の古い暖簾《のれん》を傷つけないだけの器量を具えていたが、彼は非常に神仏を信仰した。その信仰が嵩《こう》じて一種の迷信者に似ていた。お琴が明神山の一条を秘《かく》していたのも、迂濶にそれを口外すれば夫をおどろかすに相違ないと懸念《けねん》したからであった。
 果たして次兵衛はおどろいた。彼は涙をうかべて嘆息するのほかはなかった。かむろ蛇に呪われた娘の生命《いのち》は、しょせん救われぬものと諦めているらしかった。

  三

 八月の晦日《みそか》から俄かに秋風が立って、明くる九月の朔日《ついたち》も涼しかった。
「さすがに暦《こよみ》は争われねえ。これでコロリも下火《したび》になるだろう」
 女房のお仙と話しながら、半七が単衣《ひとえ》を袷《あわせ》に着かえていると、早朝から善八が来た。
「急に涼しくなりました」
「今も云っているところだが、善さん、コロリはどうだね」と、お仙は云った。
「まだ流行《はや》っていますよ」と、善八は答えた。「涼風《す
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