で、彼女は真っ蒼になってわが家に逃げ込んだ。
「今そこを年さんが通った……」
「ばかを云え」と、亭主の甚蔵は叱った。
 コロリで死んだ年造は焼き場へ送られて、幾日かの後に骨揚《こつあ》げをして、近所の寺へ納めて来たのである。それがここらを歩いている筈がない。しかも女房は確かにその姿を見たと云うのである。それを聞いて、隣りの笊屋の女房も顔色を変えた。
「それじゃあ年さんの幽霊に違いない」
 悪疫が流行して、そこにも此処にも死人の多い時節には、とかくに種々の怪談が生み出されるものである。笊屋では女房ばかりでなく、亭主の六兵衛もそれを信じて、コロリで死んだ年造の魂がそこらに迷っているのであろうと云った。その噂が表町まで伝わった時、年造とは壁ひとえの隣りに住んでいる煙草屋の大吉もこんなことを云い出した。
「実はわたしも年さんの姿を見た」
 こうなると、幽霊の噂はいよいよ大きくなって、関口屋の長屋には年造の幽霊が毎晩あらわれるなどと、尾鰭《おひれ》を添えて吹聴《ふいちょう》する者もあった。さなきだに、コロリの噂におびえ切っている折柄、かむろ蛇や幽霊や、忌《いや》な噂がそれからそれへと続くので、ここらの町は一種の暗い空気に包まれてしまった。
 取り分けて暗い空気のうちに閉じられているのは、関口屋の一家であった。娘は煩い付き、女房は半病人となっている上に、お由の後始末がまだ完全に解決しなかった。町内の五人組が関口屋と次右衛門との仲に立って、いろいろに和解を試みているのであるが、次右衛門は容易に折れない。それが普通の奉公人の親許であれば、こちらから相当の弔い金を投げ出して、これで不承知ならば勝手にしろと突き放すことも出来るのであるが、たとい勘当とは云いながら、次右衛門は関口屋の惣領息子で、当主次兵衛の兄である。次兵衛は兄と闘うことは好まない。仲裁人らも兄を手ひどく遣り込めるに忍びない。そこへ附け込んで次右衛門は飽くまで横ぐるまを押すのである。こんにちの言葉でいえば一種の扶助料として、金千両を出せと彼は主張した。
 云うまでもなく、この時代の千両は大金であるが、ひとり娘のお由をうしなっては、自分の老後を養ってくれる者がないから、一年五十両の割合で二十年分、すなわち千両の扶助料をよこせと云うのである。しかも一年五十両ずつの年賦は不承知で、金千両の耳をそろえて一度に渡せと、次右衛門は迫っ
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