しなければ気が済まないので、照之助はかねて用意の唐人の筒袖……楽屋の衣裳の袖を切って来たんです。それを角兵衛の腕に着せて、例の羅生門横町へ捨てて置いて、これで先ず立派にかたき討ちを仕遂げたつもりで立ち去りました。
 これは後に判ったことで、坂東小三もそんなことまでは知りません。自分の弟子の小三津を文字吉が隠したと思って、その掛け合いに行っているところへ、丁度わたくし達が行き合わせたんです。小三の話を聞いて、文字吉の正体も判りましたから、小三を連れて引っ返して、無理に文字吉の家へ踏み込むと、奥の四畳半に岩蔵が寝ていました」
「文字吉はどうしました」
「文字吉は二階にいました」と、老人はその光景を思い泛かべるように顔をしかめた。「ちらし髪で、真っ蒼な顔をして、まるで幽霊のような姿で、だらし無く坐っていました。なにを訊《き》いても碌に返事をしない。戸棚の中がおかしいので、念のために明けてみると、そこに若い女役者の死骸がある。小三津が絞め殺されているんです」
「文字吉が殺したんですか」
「勿論、文字吉の仕業《しわざ》です。前にも云う通り、文字吉には女の関係者がたくさんあるんですが、こういう女に
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