ながら行き過ぎるのを、半七は追いかけて小声で訊いた。
「あの役者はなんというのです」
「市川照之助……。浅川の小屋に出ているのです」と、娘のひとりが教えた。
「浅川の芝居……」と、半七はかんがえていた。「あの、小三の芝居に出ているのじゃありませんか」
「そんな噂もありますけれど、男の役者ですから今までは浅川の芝居に出ていたのですが……」と、他の娘が云った。
「いや、ありがとう」
 娘をやりすごして、半七はしばらく市川照之助のすがたを眺めていた。若い役者はなんにも知らないように、いつまでも仁王尊に何事かを祈っていた。

     四

 善光寺境内は広い。半七は人目の少ないところへ源次を連れ込んで、その報告を聞くと、彼は庄太の指図にしたがって、ゆうべから今朝にかけて懇意の飴屋仲間を問い合わせたが、唐人飴屋で青山の方角へ立ち廻る者はないらしいというのであった。
「して見ると、あの飴屋はほんとうの商人《あきんど》じゃあねえ。やっぱり喰わせ者ですよ」と、源次は云った。「お前さんはあの若い役者もしきりに睨んでいなすったが、あれにも何か仔細がありますかえ」
「むむ、あいつも唯者じゃあねえな」と、半
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