外に新らしい発見もなかった。唯ここで少しく意外に感じたのは、疑問の唐人飴屋がきのうも平気でここへ姿をあらわしたという事であった。しかも其の両手は満足に揃っているというのである。
「あの飴屋は毎日いつごろ廻って来ます」と、半七は訊いた。
「大抵八ツ(午後二時)頃です」
八ツまではまだ半ときほどの間《ひま》がある。そのあいだに遅い午飯《ひるめし》を食うことにしたが、ここらの勝手をよく知らない半七は、迂濶《うかつ》なところへ飛び込むのは気味が悪いと思って、当座の腹ふさぎに近所の蕎麦屋へはいると、ほかに一人の客もなかった、注文の蕎麦の出来るのを待つあいだ、煙草を吸いながら見まわすと、くすぶった壁には彼《か》の坂東小三の芝居のビラが掛けてあった。
店は狭いので、釜前に立ち働いている亭主はすぐ眼のさきにいる。半七はビラを見返りながら亭主に声をかけた。
「小三の芝居はなかなか景気がいいね」
「ご見物になりましたか」と、亭主は云った。
「実は今、二幕ばかり覗いて来たのだが、宮芝居でも馬鹿にゃあ出来ねえ。みんな相当に腕達者だ」
土地の芝居を褒められて、亭主も悪い心持はしないらしく、にこにこしながら
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