限って不思議に嫉妬深い。それで、このごろ小三の楽屋へはいって来た照之助と、小三津が人一倍に仲よくするというのがもとで、小三津を自分の二階へ呼び付けて、やかましく責め立てる。云わば女同士の痴話喧嘩、それが嵩《こう》じて文字吉は半狂乱、そこにあった手拭をとって小三津を絞め殺してしまったが、さてどうするという分別もなく、死骸を戸棚へ押し込んだままで、自分はその張り番をするように、唯ぼんやりと坐っていたんです。それも十二日、照之助が角兵衛の腕を斬ったのと同じ晩のことで、狭い土地にいろいろの事件が湧いたものです。その翌日も、又その次の日も、文字吉は碌々に飲まず食わず、自分も半分は死んだようになって、その戸棚の前に坐り込んでいるところへ、わたくし共が踏み込んだのでした。
 だんだん調べてみると、文字吉は小三津のほかに、囲い者やら後家さんやら併《あわ》せて八人の女に関係していることが判りました。それがみんな色と慾で、女を蕩《たら》して自分のふところを肥やしているという、まったく凄い女でした。こんな奴とはちっとも知らずに、酒屋の亭主は世話をしていたので、それを聞いて真っ蒼になって驚いていました。文字吉のような女をそのままにして置くことは出来ません。殊に小三津を殺した罪がありますから、後に死罪になりました」
「照之助は……」
「それにもお話があります。小三津の死骸は師匠の小三が引き取って、海光寺に葬りました。これは庄太の菩提寺です。その葬式の済んだ晩、照之助がそっと忍んで来て、小三津の新らしい墓の前で腹を切ろうとする処を、庄太に召し捕られました。もしやと思って張り込んでいたら、まんまと罠《わな》にかかったんです。文字吉が嫉妬をおこしたのも無理ではなく、小三津と照之助は関係があったのでした。照之助は年も若いし、兄のかたき討ちというところに情状酌量の点もあるので、遠島になりました。
 腕を斬られた二人、そのうちで岩蔵は癒りましたが、角兵衛はとうとう死にました。碌々に手当てをしなかった岩蔵が助かり、外科医の手当てを受けた角兵衛が死ぬ。人間の命は判らないものです。角兵衛が死んだ以上、照之助の命もない筈ですが、前に云ったようなわけで、一等を減じられたのでした」
 これで先ず一服と、老人はしずかに煙草を吸いはじめたが、私としてはまだ聞き逃がすことの出来ない大事の問題が残っている。それはかの唐人飴
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