来ている。深川浄心寺脇の菅野大八郎、二千八百石、これは因幡の奥方お蘭の里方《さとかた》で、ここからも内密に頼んで来ている。殊に菅野の申し込みは手きびしい。万一それがために浅井の屋敷に瑕《きず》が付いても構わない。是非ともその実証を突き留めて、いよいよ不慮の災難と決まればよし、もし又なにかの機関《からくり》でもあったようならば、係り合いの者一同を容赦なく召捕ってくれと云うのだ。まかり間違えば浅井の屋敷は潰れる。それを承知でどしどしやってくれと云うのだから大変だ。どうもいい加減に打っちゃっては置かれねえ事になった。半七、しっかりやってくれ」
「まったく打っちゃっては置かれません」と、半七も云った。「武家屋敷の奥のことは判りませんが、この一件以来、浅井の奥さまは半気違いのようになっているそうです」
「無理もねえ。妾はともあれ、亭主と娘を一度になくしてしまったのだから、大抵の女はぼっ[#「ぼっ」に傍点]とする筈だ」と、拝郷も同情するように云った。「里方の菅野からは用人を使によこしたのだが、その用人の話によると、浅井の奥方のお蘭というのは今年三十七で、小太郎とお春のおふくろだ。亭主の因幡は若い時
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