居ります建具屋でございますが……。このたびは何とも申し上げようもない次第で……。早速お悔《くや》みに出る筈でございましたが、かぜを引いて小半月も寝込んでしまいまして、ついつい延引いたしました」
 用意して来た線香の箱に香奠《こうでん》の紙包みを添えて出すと、女房は嬉しそうに、気の毒そうに受け取って、これも丁寧に礼を述べた。いかに多年の出入りでも、特別の関係がない限りは、妾の親許まで悔みに来る者はない。正直らしい女房は、建具屋と名乗って来た男の厚意をよろこんで、早速に内へ招じ入れた。半七は奥へ通って仏壇に焼香して、ふたたび元の縁さきへ戻って来ると、女房は茶や煙草盆の用意をしていた。彼女は果たしてお早の母のお富であった。
「悪いときには悪いもので、親類うちに又不幸がありまして、親父はゆうべから戻りません」
 遠方を来たのであるから、まあゆっくり休んで行けと、お富は云った。どう見ても、悪意の無さそうな女である。引き留められたのを幸いに、半七は坐り込んで煙草を吸いはじめると、浅草寺《せんそうじ》の八ツ(午後二時)の鐘がきこえた。

     四

 半七とお富と、初対面の二人のあいだに変った話
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