の屋敷は本願寺のわきで、南小田原町から眼と鼻の間にあるので、半七はすぐにその屋敷へゆき着いた。雨はだんだんに強くなって来たので、彼は雨宿りをするようなふうをして、隣り屋敷の門前に立った。
 船底の機関《からくり》は千太の仕業らしいが、千太自身がそんなことを企らむ筈がない、恐らく誰かに頼まれたのであろう。千太を探し出して引っぱたけば、泥を吐かせてしまうのであるが、どこに隠れているか容易に判りそうもない。妾のお早に子供でもあればお家騒動とも思われるが、お早に子供は無い。本妻には男と女の子がある。しかもみんないい人であると云う。それではお家騒動が芽をふきそうもない。
 そんな事をいろいろ考えながら、半七は半時ほども其処に立ち暮らしたが、浅井の屋敷からは犬の児一匹も出て来なかった。そのうちに雨はますます降りしきるので、半七もさすがに根負《こんま》けがして、丁度通りかかった空《から》駕籠をよび留めて、ひとまず神田の家へ帰った。
 日が暮れると、子分の幸次郎が来た。
「とうとう降り出しました」
「ことしはどうも降り年らしい。きょうも降られて、中途で帰って来た」
「どこへ行きました」
「築地へ廻った
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