らでもいいから持って行ってくれと云う。その売りぬしは三十二三の婀娜《あだ》っぽい女であった。
ともかくも其の鶏を見せてくれと云うと、女は裏へまわれと云う。そこには空地同様の小さい庭があって、二羽の鶏が籠に伏せてあった。女はもう姿を見せないで、二十五六の男が薪《まき》ざっぽうを持って出て来た。彼は八蔵にむかって、この鶏はいっそ打《ぶ》ち殺してしまおうと思うのだが、おかみさんがぐずぐず云うから持って行ってくれと暴々《あらあら》しく云った。いい加減な値をつけて引き取ることにすると、二羽の鶏はしきりに暴《あ》れ狂って、八蔵の籠に移されるのを拒《こば》むので、男も手伝って無理に押し込んだ。男は薪ざっぽうを放さずに掴んで、絶えず何事をか警戒しているように見えた。
八蔵はその足で大森へまわって、かの茶屋へ二羽の鶏を売ったが、その時には皆おとなしく翼《つばさ》を収めて、前のように暴れ狂うことは無かった。右から左に鶏を処分して、八蔵は相当の利益を得て帰った。雌鶏はその時から少し弱っているようであったが、ふた月ほどの後に死んだという話を聞いた。
「まあ、そういうわけなんです」と、庄太はひと通りの報告を
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