せんでした。それからね、親分。鶏は助からねえ。その日の夕方に絞められてしまったそうですよ」
「鳥亀の亭主というのは、矢切の渡し場の近所へ釣りに行って、沈んでしまったというじゃあねえか」
「よく知っていなさるね」と、庄太は眼を丸くした。「実はわっしも今朝《けさ》調べて来たのですが、鳥亀の亭主の安蔵というのは、去年の春の彼岸に下矢切で土左衛門になったそうで……。こうなると親分のいう通り、ちっと変な事になりそうですね。これから矢切へ行って見たところで、去年のことじゃあ仕様がねえから、いっそ矢口へ行ってみましょうか。大森のかみ[#「かみ」に傍点]さんは曖昧なことを云っていましたが、ほかの女中にカマをかけて、鶏を売りに来た奴の居所《いどこ》をちゃんと突き留めて来ました。そいつは矢口の新田《にった》神社の近所にいる八蔵という奴だそうです」
「矢切で死んだ奴の詮議に矢口へ行く……。矢の字|尽《づく》しも何かの因縁かも知れねえ。おまけにどっちも渡し場だ」と、半七は笑った。「じゃあ気の毒だが矢口へ行って、あの鶏はどこで買ったのか、調べてくれ。こうなったら、ちっとぐらい手足を働かせても無駄にゃあなるめえ」
前へ 次へ
全41ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング