と出来合っているのだな。そうだろう、正直に云え」
「恐れ入りました」と、お直は蒼ざめた顔を紅《あか》くした。
「今夜は小左衛門の家《うち》へ何しに行ったのだ」
「若いおかみさんが居るか居ないか、訊きに行ったのでございます」
「生きていたらどうするのだ」
「お上《かみ》へ訴えてやります」と、彼女はだんだん興奮して来た。「若いおかみさんが来てから、新どんは何んだかそわそわしていて、わたくしを見向きもしません。何を話しかけても碌々に返事もしません。新どんは若いおかみさんに惚れているのでございます。それはわたくしがよく知っています。おかみさんは身を投げて死んだということになっているのに、新どんはどうも生きているように思われると、内証でわたくしに云いました。新どんはきっと何か知っているに相違ありません」
「おまえはどうして鍋久から暇《ひま》を出されたのだ」
「やっぱりその事からでございます。若いおかみさんは生きているかも知れないと、わたくしがふい[#「ふい」に傍点]と口をすべらせたのが、おかみさんや番頭さんの耳にはいって、飛んでもないことを云う奴だと、さんざん叱られました。それがもとで、とうとう
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