、男は峠の中途に倒れて苦しんでいる。病気が再発したらしいので、木の蔭へ引っ張り込んで介抱しているうちに、宗兵衛は腰にさげている手拭をとって男を不意に絞め殺した上に、残りの蝋燭をみんな引っさらって来たというわけです。これには女房も驚いたが今さら仕方がない。夫婦はその晩のうちに旅支度をして、六本の蝋燭をかかえて夜逃げをしてしまったんです。
 それからひと先ず京都へ行って、どういうふうに誤魔化したか、ともかくも一本の蝋燭の芯を売って通用の金に換え、それを元手にして二年ほど何か商売をやっていたんですが、その商売が思うように行かなかったのか、何かのことで足が付きそうになったのか、京都を立ちのいて江戸へ出て来て、浅草の田町で金貸しを始めることになったんです。吉原に近いところですから、小金を借りに来る者もあって、商売は相当に繁昌したんですが、相手が相手だから貸し倒れも多い。おまけに宗兵衛は江戸の水に浸みて、奥山の茶屋女に熱くなるという始末だから、夫婦喧嘩の絶え間が無いばかりか、宗兵衛のふところも次第にさびしくなる。そこで錺屋の増蔵をうまく手なずけて、例の蝋燭をなんとか処分しようとしているうちに、女房
前へ 次へ
全46ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング