まして、おまえは商売だから金銀細工の地金屋《じがねや》を知っているだろう。これを一度に持って行くとおかしく思われるから、幾つかに分けて方々の地金屋へ持って行って、相当の相場で売って来てくれ。その働き賃には今までの借金を帳消しにするばかりでなく、相場によっては又幾らかの手数料をやるというのです。わたくしも慾が手伝って、無分別に請け合って、一本の蝋燭をあずかって帰って、念のために蝋燭の横っ腹へ小さい穴をあけて見ると、なるほど金がはいっているのです。金無垢《きんむく》の伸べ棒を芯にした蝋燭……不思議な物もあるものだと思うに付けて、わたくしは又急に気味が悪くなりました。宗兵衛という人はどうしてこんな物を持っているのだろうと、翌日また出直して仔細を訊きに行きました」
「宗兵衛はなんと云った」
「おまえは知るまいが、京大阪の金持は泥坊の用心に、こういう物をこしらえて置く。どんな泥坊が徒党を組んで押し込んで来ても、蝋燭なんぞには眼をかけないから、こうして隠して置くのが一番確かだ。もう一つには、それが通用の小判であると、自分もとかくに手を付けて使い勝だから、地金のままで仕舞って置くのが無事だということになっている。町屋《まちや》ばかりでなく、諸大名の屋敷でも軍用金はこうして貯えて置くのだと、そう云うのです」
 そんなことが本当にあるか無いかを、半七もよく知らなかった。幸次郎は勿論知らなかった。二人は唯だまっていると、増蔵は猶も語りつづけた。
「それでまあ不審は晴れたのですが、わたくしのような貧乏人が金のかたまりを持ち歩いても、どこでも滅多《めった》に取り合ってくれそうもありませんから、どうしたものかと考えているうちに、つい花どきだものですから田町へ行って又一両借りてしまいました。そんなわけで、いよいよ退引《のっぴき》ならない羽目《はめ》になって、わたくしも困っているところへ、この二日の晩に宗兵衛のおかみさんが駕籠で乗り付けて来て、ここの家にあずけてある蝋燭をかえしてくれというのです。その様子が何だかおかしい。おかみさんは散らし髪で眼の色が変っていて、どうも唯事ではないらしく、夫婦喧嘩でもして来たらしいので、大事の品をうっかり渡していいかどうだかと、わたくしは又困っていると、おかみさんは凄いような顔をして是非渡せと云う。そうなると、猶さら不安になって来て、旦那が来なければ渡されないと云う。いや、渡せと云う。しまいには喧嘩腰になって争っているところへ、いい塩梅《あんばい》に宗兵衛も駕籠に乗って来てくれました。その顔をみても、おかみさんは黙っていて口を利きません。それを宗兵衛が無理に二階へ連れて行って、どういう風になだめたか知りませんが、まあ仲直りをしたような様子で、夫婦は無事に二階を降りて来ました。もう四ツ時分だから駕籠を呼ばせようかと云いましたが、そこらへ出て辻駕籠を拾うからと云って、二人は細雨《こさめ》のふる中を出て行きました」
「その蝋燭はどうした」
「女房がやかましいから一旦返してくれと宗兵衛が云うので、わたくしも厄介払いをしたような心持で、すぐに返してやりました。その時におかみさんは、まだ何本かの蝋燭を重そうに抱えているようでした」
「それからどうした」
「それから先のことはなんにも知りません。夫婦は無事に田町へ婦ったものだと思っていると、実に案外の始末でびっくりしました。たぶん帰り路で二度の喧嘩をはじめて、おかみさんは両国の仮橋から飛び込んだのだろうと思います。宗兵衛はどうしたのか、田町へ様子を見に行こうと思いながら、うっかり出て行って飛んだ係り合いになっても詰まらない。といって、知らん顔をしているのも義理が悪いようで、なんだか心持が好くないもんですから、昼間から湯にはいって一杯飲んで、二階で横になっていたところです」
 気の弱い職人の申し立てはこれで終った。

     五

「そうすると、その宗兵衛という男は、何処からか金の蝋燭を盗んでいたんですね」と、私は訊いた。
「そうです」と、半七老人はうなずいた。「しかし宗兵衛が増蔵に話して聞かせたのは出たらめで、上方《かみがた》の金持が泥坊よけに金の蝋燭をこしらえるの、大名が軍用金に貯えて置くのというのは、みんないい加減の誤魔化しである事が、あとですっかり判りました。金の蝋燭はそんなわけの物ではなかったんです。そこで、かの宗兵衛夫婦がどうしてそんな不思議な物を持っていたかと云うと、ここに小説のようなお話があるんです。まあ、お聴き下さい。
 どなたも御承知でしょうが、東海道の大井川、あの川は江戸から行けば島田の宿、上方から来れば金谷《かなや》の宿、この二つの宿《しゅく》のあいだを流れています。その金谷の宿から少し距《はな》れたところに、日坂峠というのがあって、それから例の小夜《さよ》の中山
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