当の覚悟がある筈で、右から左にその大金を湯水のように使い捨てるような、浅はかな愚かなことはしないであろう。恐らく何処にか埋め隠して置いて、詮議のゆるんだ頃にそっと持ち出すという方法を取るであろうとは、何人《なんびと》も想像するところであった。
さてその金をかくす方法は、まず自宅の床下に埋めて置くのが普通である。次は他人《ひと》の眼に付かないような場所を選んで、なにかの眼じるしを立てて埋めて置くのである。これは誰でも考えることで、今度の犯人もその一つを択《えら》んだであろうと察せられるが、そのほかの方法はその小判を鋳潰《いつぶ》して地金《じがね》に変えてしまうことである。通貨をみだりに地金に変えることは、国宝鋳潰しの重罪に相当するのであるが、すでに金蔵を破るほどの重罪犯人であれば、そのくらいの事は憚《はばか》る筈もない。たといその小判の全部でなくとも、その一部を鋳潰して、何かの形に変えて置くようなことが無いとも限らない。純金の伸べ棒を芯《しん》に入れて、それを大きい蝋燭に作って置くなども、確かに一つの方法であると半七は思った。
金蔵やぶりの盗賊が一人の仕業でないのは、容易に想像されることである。少なくも二人または三人の同類が無ければならない。殊に鋳潰しなど企てたとすれば、まだほかにも同類がありそうである。半七はすぐに子分らを呼びあつめて、江戸じゅうの蝋燭屋と、金銀細工の職人を片っぱしから調べてみろと云い付けた。
「さあ、これからどうするかな」
なにしろ一応は現場を見ておく必要があるので、半七は幸次郎を連れて出た。四月はじめの大空は蒼々と晴れて、町には初袷《はつあわせ》の男や女が賑わしく往来していた。昔ほどの景気はないが、それでも初鰹を売る声が威勢よくきこえた。
「すっかり夏になりましたね」と、幸次郎は云った。
「寒い時も困るが、おれ達の商売も暑くなると楽じゃあねえ。一体、両国橋の繕《つくろ》いというのは、いつ頃までに出来上がるのだ」
「五月の末……川開きまでにゃあ済むのでしょう。それでなけりゃあ土地の者が浮かばれませんよ」
「そうだろうな」
柳原|堤《どて》の夏柳を横に見ながら、二人は西両国へ行き着くと、橋の修繕はなかなかの大工事であるらしく、その混雑のために広小路の興行物はすべて休業で、職人や人足を目あての食い物屋ばかりが繁昌していた。
「おい、鯡《にしん》
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