り何かの痕が残って、検視の役人たちにも知れる筈です。他人が殺して、なんにも跡方が残らないのは、睡り薬のほかは無いということを、私はかねて医者から聞いていました。睡り薬というのはモルヒネです。今日ではどうだか知りませんが、江戸時代の検視では睡り薬で死んだのを鑑定することは出来なかったようです。しかしその睡り薬というものが其の時代には容易に手に入らない。かの四人は、何者にか睡り薬を飲まされて、古井戸へ投げ込まれたのじゃあ無いかと、私も最初から疑っていたんですが、さてその薬の出所がわからない。そのうちに、元八の口からこんなことを聞きました。さっきもお話し申した通り、納所坊主が諏訪の祭りの噂をしたというんです。それが信州の諏訪でなく、長崎の諏訪らしいので、私は気が付きました。さてはこいつらの仲間のうちに、長崎に関係のある奴がまじっている。長崎ならば、異国の商船が絶えず出入りをしている土地ですから、モルヒネの睡り薬を手に入れることが出来る。そこで、緑屋の爺さんに訊いてみると、荒物屋のお鎌は九州の生まれだというので、いよいよ長崎に縁のあることが判りました」
「そこで、そのお鎌というのはどういう人間
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