会釈《えしゃく》して引っ返して行った。手ぬぐいに顔を包んでいながらも、それが年の若い色白の女であることを元八は認めたので、暫くたたずんで彼女のうしろ姿を見送っていた。
「ここらで見馴れねえ女だ。狐が化かしにでも来たのじゃあねえかな」
化かす積りならば、そのまま無事に立ち去る筈もあるまいと思うに付けて、ほろよい機嫌の道楽者は俄かに一種のいたずらっ気を兆《きざ》した。彼は藁草履《わらぞうり》の足音をぬすみながら、小走りに女のあとを追ってゆくと、女はそんなことには気が付かないらしく、これも夜露を踏む草履の音を忍ばせるように、俯向き勝ちに辿って行った。月が明るいので見失う虞《おそ》れはないと、元八も最初はわざと遠く距《はな》れていたが、往来へ近づくに従って彼は足を早めた。もう三、四間というところまで追い着くと、女もさすがに気がついて振り返った。
覚られたと知って、元八はすぐに声をかけた。
「姐さん、姐さん。神明さまへ行く途中には、暗い森があって物騒だ。おれがそこまで一緒に行ってやろう」
なんと返事をしたらいいかと、女は少し躊躇している間《ひま》に、元八は駈け足で近寄った。彼は若い女にこす
前へ
次へ
全45ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング