からないと云った。
「今までは二人に置き去りを食ったかと内々は恨んでいたが、平さんがこうしているのを見ると、そうでもないらしい。まさかに庄さん一人で行きゃあしめえ」と、藤次郎も不思議そうに、溜息をついた。
「そうですとも……。内の人ひとりで出かけて行く道理がありませんわ。ほんとうにどうしたんでしょうねえ」
不安がいよいよ募って、お国は泣き声になった。
二
その日の夕方に、鋳掛屋庄五郎の死体が芝浦の沖に浮きあがった。検死の役人が出張って型のごとく取り調べると、庄五郎のからだには何の疵あとも見いだされなかった。死体を投げ込んだのでないことは、彼がしたたかに潮水を飲んでいるのを見ても容易に察せられた。大師まいりに行くのであるから、もとより大金を所持している筈もなかったが、一朱銀五つと小銭少しばかりを入れてある紙入れは恙《つつが》なくそのふところに残っていて、ほかには何も紛失物はないと女房のお国は申し立てた。
前後の事情によって判断すると、三人のうちでも庄五郎が真っ先に約束の場所へ行き着いたらしい。ほかの道連れを待つあいだ、かれは海岸の石垣にでも腰をかけていて、あやまって転
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