い引導を渡してやったのだから、もういい加減に往生しろ。どうだ」
藤次郎は蟇《がま》がえるのように店さきの土に手を突いたまま身動きもしなかった。その顔色は藍《あい》のように染めかえられて、ひたいからは膏汗《あぶらあせ》がにじみ出していた。
「素人《しろうと》だ。きっかけを付けてやらなけりゃあ口があけめえ」と、半七は熊蔵をみかえった。
「野郎、しっかりしろ」
熊蔵はいきなり平手で藤次郎の横っ面を引っぱたくと、かれは眼がさめたように叫んだ。
「恐れ入りました」
かれが縄つきで鋳掛屋の店さきから引っ立てられる頃には、四月の日もさすがに暮れかかって、うす暗い柳のかげから蝙蝠《こうもり》が飛び出しそうな時刻になっていた。
これに就いて、半七老人はわたしに話したことがある。
「奉行所の白洲《しらす》の調べもそうですが、わたくし共の調べでも、ぽつりぽつりとしずかに調べて行くのは禁物《きんもつ》です。しずかに云っていると、相手がそのあいだにいろいろの云い抜けをかんがえ出したりして、吟味が延びていけません。初めはしずかに調べていて、さあという急所になって来たら、一気にべらべらとまくし掛けて、相手にちっとも息をつかせないようにしなければいけません。息をつかせたらこっちが負けです。それですから吟味与力や岡っ引は口の重い人では勤まりません。与力は口だけだからまだいいが、岡っ引は手も働かせなければならない。口も八丁、手も八丁とはまったくこのことでしょう。
ところで、相手がこの藤次郎なぞのように素人ならば仕事は仕易いのですが、相手が場数《ばかず》を踏んでいる玄人《くろうと》、今日《こんにち》のことばで云う常習犯のような奴になると、向うでもその呼吸を呑み込んでいるので、こっちの詞《ことば》が少したるむ[#「たるむ」に傍点]とすぐに、その隙をみて、『恐れながら恐れながら』と打ちかえして来て、なにか云い訳らしいことを云う。それを一々云わせると、吟味が長びくばかりでなく、しまいには変な横道の方へ引き摺り込まれて、ひどく面倒なことになってしまう虞《おそ》れがありますから、相手がなんと云おうとも委細かまわずに冠《かぶ》せかけて、こっちの云うだけのことを真っ直ぐに云ってしまわなければならない。その呼吸がなかなかむずかしいもので、年のわかい不馴れの同心などが番屋で罪人をしらべる時、相手が玄人だとあべこべに云い負かされて、そばで見ていてはらはら[#「はらはら」に傍点]することがあります。
それから罪人の横っ面をなぐったりする。今からみれば乱暴かも知れませんが、玄人は度胸が据《すわ》っているから、いよいよいけないと思えば素直に恐れ入りますが、素人にはそれがなかなか出来ない。いえ、強情で云わないのではない。云うことが出来ないのです。それも軽い罪ならば格別、ひとつ間違えば自分の首が飛ぶというような重罪が発覚したかと思うと、大抵の素人はぼうっとなってしまって、早くいえば酒に酔ったようになって、なんにも云えなくなってしまうのです。といって、いつまでも黙らせて置いては埒《らち》があきませんから、そういう時には気つけの水を飲ませてやるか、さもなければ横っ面を引っぱたいてやるのです。そうすると、はっ[#「はっ」に傍点]と眼が醒めたようになって、初めて恐れ入るというわけです。たとい悪いことをしても、むかしの人間はみな正直だから、調べる方でもこんなことをしたのですが、今の人間は度胸がいいから、こんな世話を焼かせる者もありますまいよ」
底本:「時代推理小説 半七捕物帳(四)」光文社文庫、光文社
1986(昭和61)年8月20日初版1刷発行
入力:tat_suki
校正:小林繁雄
1999年3月25日公開
2004年3月1日修正
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