されて、かれは少しく煙《けむ》にまかれたのであった。
「ひとりの男……むらさきの着物を被《き》て、冠《かんむり》をかぶった上品な人でございました。それがわたくしの枕もとへ参りまして、自分の命はきょう翌日《あす》に迫っている。どうぞあなたの力で救っていただきたいと、こう申すのでございます。そこで、一体あなたは何処のお方ですかと訊きますと、わたくしは無量寺門前の草履屋《ぞうりや》の藤吉という人の家《うち》にいる。そこへお出でになれば自然にわかると、云うかと思うと夢が醒めました。なにぶんにも夢のことでございますから、そのままにして置きましたのですが、夜になって考えますと、なんだか気にもなりますので、とうとう思い切って今時分に伺いましたようなわけでございますが……」
 いよいよ判らないことを云い出すので、お徳はただ黙って聴いていると、女はひと息ついて又語り出した。
「それも夢だけのことでございましたら、わたくしもそれほどには気にかけないのでございますが、実はけさになってみますと、枕もとに魚の鱗《こけ》のようなものが一枚落ちていましたので……。それは紫がかった金色《こんじき》に光っているのでござ
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