も判らなかった。それともお新の云うように、いい加減のこしらえ事をして何処かの色女のところに隠れ遊びをしているのかと、お徳は半信半疑のうちにその夜をあかした。
 雨は暁方《あけがた》から又ひとしきり止んで、梅雨とは云っても夏の夜は早く白《しら》んだ。ゆうべは碌々に眠らなかったお徳は、早朝から店をあけて亭主の帰るのを待っていたが、藤吉はやはりその姿をみせなかった。もう一度、越前屋へ行って、亭主の為さんに逢って、くわしいことを詮議して来ようと思っているところへ、飛んでもない噂がここらまで伝わってお徳をおどろかした。藤吉の死骸が江戸川のどんど[#「どんど」に傍点]橋の下に浮かんでいたというのである。自分が追い立てるようにして越前屋へ出してやった亭主の藤吉が、どうして再び江戸川の方角へ迷って行って、そこに身を沈めるようになったのか。ゆうべ死んだというのは、為さんでなくて藤吉であったのか。ゆうべ帰って来たのは幽霊か。なにが何やら、お徳にはちっとも判らなくなってしまった。
 なにしろ其の儘にしては置かれないので、お徳はとりあえずその実否《じっぴ》を確かめに行こうとすると、家主《いえぬし》もその噂を聴
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