身を沈めようとした。あるときは剃刀で喉を突こうとした。これには父も持て余したばかりか、片輪の子ほど可愛さも不憫さも弥増《いやま》して、かの奉公人ふたりと相談の上で、娘の恋しがる男を引っかついで来ることにした。土地の者からは仏さまのように敬われている藤左衛門も、わが子の愛には眼がくらんで悪魔の奴《やっこ》となり果てたらしい。忠義の奉公人どもは主人の心を汲み、娘の恋にも同情して、勝次郎が夜ふけて師匠の家から帰る途中を不意に取っておさえて猿轡《さるぐつわ》をはませ、用意して来た駕籠にぶち込んで、とどこおりなく雑司ヶ谷まで生け捕りにして来たのであった。半分は夢中でぼんやりしている勝次郎は、お早の居間と定められているこの離れ家へかつぎ込まれて、薄暗い行灯の下で青い痣にいろどられている女と差し向いになった。
それから後は、どうしたのか誰も知っている者はない。それでも虫が知らしたとでもいうのか、藤左衛門はなんだか一種の不安をいだいて、夜のあけないうちにそっとその様子をうかがいにゆくと、かれの眼に映ったのは生々《なまなま》しい血潮と若い二人の亡骸《なきがら》とであった。
ふたりはどうして死んだのか
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