もきこえない。町奉行所でも人間の取締りはするが、化け物の取締りは自分たちの責任でないというのであろう、ただの一度も妖怪退治や妖怪探索に着手したことはないらしく、かれらの跋扈《ばっこ》跳梁《ちょうりょう》に任かしておいた形がある。したがって、今度の柳原一件に対しても、町奉行所では何ら取締りの方法を取ろうとはしなかったので、その噂は日ましに広がって行くばかりであった。
 神田岩井|町《ちょう》の山卯《やまう》という材木屋の雇い人に喜平という若者があった。両国の野天講釈や祭文《さいもん》で聞きおぼえた宮本|無三四《むさし》や岩見重太郎や、それらの武勇譚が彼の若い血を燃やして、清水山の妖怪探索を思い立たせた。しかし自分ひとりではさすがに不安でもあるので、喜平は自分の店へ出入りの銀蔵という木挽《こびき》の職人を味方にひき込もうとすると、銀蔵も年が若いので面白半分に同意した。二人の勇士は九月なかばの陰《くも》った日に、石町《こくちょう》の暮れ六ツの鐘を聞きながら、岩井町から遠くもない柳原堤へ出かけて行った。
「旗本屋敷の中間《ちゅうげん》は臆病だからよ。青鬼なんぞがあるものか。その女はきっと仮面《
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